Book

よっちは小さいころから読書が大好きです。
しかし、本を読む速度が遅いので、ひと月に読める本の数は、せいぜい2、3冊です。
そんなわけで、このレビューも緩やかに増えていくのかなと思います。
なお、ここに書かれた評価は、あくまでよっち個人の感想・評価ですので、ご了解よろしくお願いします。
(★は5つが満点です)

Updated: 28th Mar.,2004



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INDEX(五十音順)

明るい部屋の中でAlaskan Dream III 愛の物語いつでも会えるウォーターランドオクシタニアオタク学入門陰摩羅鬼の瑕楽毅(全4巻)カンバセイション・ピース京都の大路小路恐怖の霧女王の百年密室図説 ロマネスクの教会堂誰か読者よ欺かるるなかれドリームバスター2なにも見ていない喉切り隊長灰色の輝ける贈り物復活の朝望楼館追想星の葬送White Porcelain 黒田泰蔵白磁作品集マイケル・ケンナ写真集 A Twenty Year Retrospective魔宮の攻防Macintosh的デザイン考現学道のむこう夢魔の王子雪沼とその周辺吉本ばなな自選選集3 Death

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雪沼とその周辺12月31日読了
堀江敏幸著新潮社★★★★★

年末ぎりぎりに素晴らしい短編集に出会ってしまいました。これは、今年読んだ本のベスト3に入るとてもよい本です。

山間の小さな町・雪沼とその周辺で暮らす人々を描いた七つの連作短編集です。最初の「スタンス・ドット」は川端康成文学賞受賞作品。連作といっても続き物というわけでなく、一つ一つの物語はそれぞれ違った人が主人公で、独立しています。でも、小さい町での話なので、ある話に出てきた人や場所の名前が別の話に出てきたりしてニヤリとします。それぞれが独立しつつも、同じ時間や空間を共有していることが感じられて、ああここに収められた話はみんなつながっているんだ、確かに"連作"だと納得させられます。

特に何か派手なことが起こるわけでもなく、登場する人々の日常生活やこれまでの人生の紆余曲折が淡々と、精緻な文章で語られていきます。その文章が紡ぎだす、"静謐"としか呼び得ないものに静謐好きの(?)よっちはとても惹かれました。さまざまな人生の軌跡があり、喜怒哀楽を経てきたこれらの人々が、積み重ねた時間の果てに今かみしめているのが、「これでいいのだ」とは言わぬまでも「こうしてここにある」あるがままの自分を受けとめることによって生み出された"静謐"が、どの話にも存在してて、それがよっちを惹きつけたのです。この"静謐"感こそが、今の日本人に欠けていて、とても必要とされているものではないか、とよっちは強く思うのです。この作者の本は初めて読みましたが、これを機に他の作品も読んでみようと思いました。

誰か12月22日読了
宮部みゆき著実業之日本社★★★

借りて読んだ本。2年ぶりの現代ミステリー作品、だそうです。ささやかな(?)交通事故死事件から発展してゆく人間ドラマ、明らかになってゆく過去のエピソードの物語、といったところでしょうか。「身近にいるような普通の人々の物語」というのが評判を呼んでいるようです。

よっちが宮部作品を好きな理由のひとつに、読後感のよさ、必ず何らかの救いがある終わり方をしていることがあるのですが、この作品は読み終わったあとの爽やかさがなくて、その点においてはイマイチでした。また、事件の裏に何か予想もつかない真相が隠されているかのような前半がぐいぐい引っ張って読めるのに、後半の真相が意外とあっさりしていたのもやや拍子抜けでした。ちょっと期待しすぎたのかなあ。かなり深読みしてしまったのですが、その三合目くらいの地点で話が片付いてしまったので、あれ、これが真相?って感じでした。まあ、この感覚は他の宮部作品にもありましたが。やはり宮部作品は、ミステリーとして意外な真相に辿り着く過程を楽しむ読み方でなく、物語そのものの展開のしかたや語り口を楽しむ読み方のほうがあっているように思います。物語そのものは楽しく読みましたので。

なにも見ていない12月9日読了
ダニエル・アラス著、宮下志朗訳白水社★★★

副題は「名画をめぐる六つの冒険」。イタリア・ルネサンスを専門とするフランスの著名な美術史家による、フィクション形式をとった"ユニークな"美術論の本で、六つの章の中でそれぞれひとつの絵画作品、もしくは絵画の主題を中心に論じられています。このように書くと、とても堅苦しい本のように聞こえますが、"フィクション形式"の文章のおかげで、この手の本としては非常に読みやすかったです。

そして(たまに高度に抽象的な次元に入り込むものの)この本の論拠が「絵を見ること」そのものにあることも、読みやすかった一因かもしれません。作者は、絵そのものをじっくり見ることなしに文献ばかり読み漁って作品を分類して片付けてしまう図像学的なアプローチを嫌い、とにかく作品を"視る"ことによってその意味するところへ近づこうとしています。タイトルの「なにも見ていない」も、"旧来の"美術史学への批判が込められているようです。

とは言っても、作者は図像学を全否定しているわけではないようです。よっちも大学時代、美術史の中でも図像学を主として学んでいました。特に中世ヨーロッパの美術を知るのには図像学は欠かせません。この本の論点もまた、図像学なくしては成り立ちません。ただ、作品を離れてしまい文献ばかりに埋没するのでなく、もっと作品そのものを見よ、と訴えかけているのだと思います。まさにそのとおり、作品なくしては美術史という学問もまたあり得ないのですから。

扱われている絵画は、ベラスケスの超有名な「ラス・メニーナス」(よっちもこの絵は大好き)や、ティツィアーノ、ブリューゲル、ティントレットなど、ルネサンスからバロック期の作品ばかりでしたが、読んでいるうちにこれらの絵をじっくりと眺めたくなってしまいました。さすがにヨーロッパへ今すぐ行くのは無理にしても、今度展覧会へ行くときは「作品」そのものをじっくりと堪能することを、(いつもやっているけど)改めて気に留めてみようと思います。せっかく展覧会に来ているのに、作品名や作者名の書かれた札だけ見て、肝心の作品はチラッと一瞥して終わり、という、何しに来てるんだかわからない人々をよく見かけますよね。そういう人たちにも「もっと"作品"を見て!」と呼びかけたい気持ちになります。

復活の朝 グイン・サーガ9211月20日読了
栗本薫著ハヤカワ文庫JA★★

オクシタニア Occitania11月11日読了
佐藤賢一著集英社★★★★★

西洋歴史小説の第一人者、佐藤賢一氏の大長編小説。佐藤氏の小説を読むのは「二人のガスコン」(全3巻)以来2冊目なのだけど、この本は装丁に惹かれたのと、よっちの好きな中世ヨーロッパが舞台なのと、それからとても長そうな物語なので買いました(笑)。

13世紀の南フランス、当時まだフランス王家に属してはいなく、かつ北フランスの「オイル語」とは異なった「オック語」を話す人々の国ということで、「オクシタニア」と呼ばれた地を舞台に、キリスト教の異端カタリ派と、それを討伐する「アルビジョワ十字軍」をめぐって、信仰に取り付かれ、あるいは信仰に翻弄されながら生きた四人の人間の物語が語られています。特に1人の人間を"主人公"として定めた書き方をしなかったのは、おそらくこの物語の本当の主人公がオクシタニアそのものであり、この地であるからこその人々の生き様を描きたかったからではないでしょうか。そして、彼らの地上の快楽と信仰の狭間での苦悩をとして、「本当の信仰とは」「生きるとは」を問いたかったのかもしれません。

この小説の最大の特徴は、なんといってもオック語を関西弁で表現していることでしょう。中世には北フランスのオイル語とは別の言語として認識されていたオック語ですが、今はフランス語のうちの、南部の方言としてその名残を留めるに過ぎません。その「北フランス=首都パリ=権力の側=秩序を作る側」に対して「南フランス(オクシタニア)=無冠の"首都"トゥールーズ=反権力の側=秩序に従う、もしくは抗う側」の図式が、日本における関東と関西、ひいては東京と大阪の関係を想起させるがゆえに、その中世フランスにおける"言語感覚"を現代日本人が最もよく理解するのには、いわゆる標準語と関西弁を使うのが一番よい、と作者が考えたのではないでしょうか。もちろん、関西弁のオック語を読むことによって、我々が必要以上に関西的なものを想像してしまう危険性は伴ってしまうのですが、読んでみると南フランスの気質は堅苦しさがなく、かなり享楽的であるようですし、気質的・文化的にも関西に近いようですから、この試みは非常によく機能していると見て間違いないようです。

苦悩し、自分に折り合いをつけながら必死に生きようとする人々の、スケールの大きい長大な物語は、間違いなく非常にずしりとした読み応えがあり、歴史小説の、いや「物語」の醍醐味を充分に感じさせてくれる一冊でした。

White Porcelain 黒田泰蔵白磁作品集10月26日購入
黒田泰蔵著アムズ・アーツ・プレス★★★★★

第一線で活躍する陶芸家・黒田泰蔵氏の白磁の器の作品集。モノクロームの器の写真が延々と続き、ページをめくって見ているうちに軽いトランス状態になったかのような心持になってきます。白磁の器をさらにモノクロで見せることによって、そこにはただ"形"そして"質感"だけが残り、そのシンプルな繊細さが、見る者に忘れられないような印象を残します。スタイリッシュでストイックなまでの白と黒、陰影の世界。実物の器を見るのとはまた違った方法で、作品の魅力を醸し出しています。

カンバセイション・ピース10月1日読了
保坂和志著新潮社★★★★

かつて幼い頃に住んだことのある、伯父の世田谷の古い家に住むことになった小説家の「私」が、妻や同居人たちと過ごす、普通の生活の日々を描いた小説。しかし、こう書くと、この小説の何も表現していないでしょう。じゃあ何を書いた小説かと問われると困ってしまう。たぶん一言では言い表せないことを書きたかったから400ページもの文章が必要だったわけで、これ以上は実際に小説を読んでくださいというほかはない気がします。

淡々と綴られる日常の描写の合間に、「私」のとりとめのない(?)思考や思索が、これも淡々と書かれる。「場所」の中で「過去」と「現在」の記憶が等しく立ち上がってくる。「抽象」と「具体的なもの」の新しい関係。そんなことが、読みすすむうちに朧ながら見えてきます。これが「私小説」というものなのでしょうか。正直言って、よくわかりません。それでも、心にジーンと訴えかけてくるフレーズがいくつか心に残りました。最後のほうで、かみ合わない会話が続いてゆく場面の、まさにタイトルどおりの「会話の断片」には、わけもなく感心しました。別に「コミュニケーションの不在」をテーマにしているわけではないと思いますが。

「私」の飼っている3匹の猫たちが随所に登場してきて(ほとんど登場人物といってもいい)、猫好きのよっちとしては楽しかったです。舞台となる家も、どうやら小田急線の梅が丘か豪徳寺の辺りにあるらしく、親近感を感じました。が、それにしても読むのに時間のかかる小説でした。このとりとめのないような文章は、作者の特徴なのでしょうか。それともこの小説だけ、わざとそういう風に書いているのでしょうか。この作者の作品は初めて読むので、その辺はわかりませんでしたが。なかなか感じたことを言葉にしにくい小説です。もう少し、ゆっくり考えてみることにします。

明るい部屋の中で9月18日購入
寺田真由美著求龍堂★★★★★

こざっぱりとシンプルな室内を写した、モノクロームの写真集。これだけでもよっちがものすごく好きな世界なので、そう思い込んで買ったのですが、写真をよく見ると、写っている室内のものがすべてミニチュアだということに気づきました。ということはもちろん部屋そのものも……。カーテンやソファや、テーブルなどがなんとなくかわいらしさを感じるのは、そのためなのでした。この著者は写真家ではなく美術家であって、この本の作品も、ミニチュアで室内を作って(ようするにドール・ハウスですね)それを撮影した写真を掲載しているのでした。モノクロームの室内(ミニチュアの)の情景、そこに流れる爽やかな風が、肌に伝わってくるような気がして、とても気持ちのいい作品集です。

女王の百年密室9月2日読了
森博嗣著幻冬社文庫★★★

近未来を舞台にしたSF風ミステリ、と言えば良いのでしょうか。よっちが森作品を読んだのは「すべてがFになる」以来2冊目なのだけど、この小説は「誰が犯人か」的な、本格的な謎解きミステリという感じではなくて、主人公ミチルがさまよいこんだ不思議な国(街?)そのものの謎への追求のほうが大きい、あえて言うならミステリよりもSFの要素が勝っている作品でした。

"死"の概念すら認めない人々の住む町でおきた殺人事件。ただ1人の"異邦人"ミチルとパートナのロイディは事件の真相を解き明かそうとするが……。前にも書いたように、「殺人事件」は、この街の謎、そしてミチル自身の謎へのきっかけに過ぎません。作者らしい近未来のテクノロジーや街の描写などは素晴らしかったのですが、マノ・キョーヤとミチルとの確執のくだりなどはややありきたりで食い足りない感じ。もう少し違う展開を期待していただけに残念です。

魔宮の攻防 グイン・サーガ918月22日読了
栗本薫著ハヤカワ文庫JA★★

陰摩羅鬼の瑕 (おんもらきのきず)8月16日読了
京極夏彦著講談社ノベルス★★★★★

久々の京極小説。「ルー=ガルー」以来、2年ぶりです。京極堂などが登場する、いわゆる「妖怪シリーズ」の長編としては実に5年ぶり、このシリーズのファンとしては本当に待たされました。発売日に出張先の書店で即買いしてしまいました。

京極小説を読みはじめると、すっかり小説世界に「囚われて」しまい、読み終わるまでその小説のことしか考えられなくなります。ここ数年来、ほかの人が書いた小説では、こんな体験をするほどに小説世界に引き込まれたりしていません。それほど京極小説がよっちにとって面白いということなのでしょう。あるいは同調(シンクロ)しやすいということなのか。今回の「陰摩羅鬼の瑕」も、読んでいる1週間の間は、本当に物語のことばかり考えて、先へ先へとひきつけられ、ちょっとでも暇さえあれば続きを読もうとしていました。おかげで、読書速度の遅いよっちが、750ページの分厚い本を1週間で読み終えてしまいました。恐るべし京極小説!

読み終えて強く感じたのは……「悲しみ」でした。読み終わって、しばらくその悲しみをかみしめていました。これまでのシリーズ作品では、凄惨な結末が待っていたりして、「虚しさ」が強い読後感が多かったのですが(つまらないというわけじゃない。むしろその逆です)、今回はシリーズで初めて、今までにない「悲しみ」が湧きあがってきました。物語そのものは、「絡新婦の理」や「塗仏の宴 宴の支度宴の始末」のような重層的で複雑極まる構造ではなく、むしろ非常にシンプルで、起伏も少な目に展開してゆきます。しかしその、最近になく静かな(?)展開が結末と呼応して、純粋に「悲しみ」に昇華された感情を生みだしたような気がします。

途中で真相がほの見えてきたりしますが、今までの作品でもそうでしたし、基本的に京極小説は謎解きミステリとして読んでいないので気になりません。いつもより「異形度」が低いのも、かえって今回の"味"と捉えています。よっちにとって馴染み深い長野、しかも白樺湖での物語で親近感を感じたし、はじめて西洋風の巨大な洋館(「黒死館殺人事件」を思い出しました)を舞台にしているのも大変好みでした。何より今回も読んでいる間、たいへん堪能しました。「小説」の面白さを、ダイレクトに感じさせてもらえました。次回作も大変楽しみです。あんまり待たされないといいなあ。

いつでも会える8月7日読了
菊田まりこ著学習研究社★★★★★

シンプルで味のある絵、ことば。短い絵本だけど、静かな感動を誘い、"死"について深く考えさせられる本です。飼い主みきちゃんを想う犬のシロがとにかくかわいらしくて、かえって哀れを誘います。久しぶりに、絵本の名作に出会いました。

読者よ欺かるるなかれ8月6日読了
カーター・ディクスン著、宇野利泰訳ハヤカワ・ミステリ文庫★★★★★

喉切り隊長」に続き、またカー作品を読んでしまいました。やっぱカーは面白いわー。原題は"The Reader Is Warned"。「読者よ欺かるるなかれ」とは、またえらく不遜なタイトルですが、題名に恥じぬとても面白い作品でした。

英国の田舎の屋敷で、読心術師と称する男が館の主人の死を予告し、その通りに彼は、皆の見る中で死んでしまう。やがて「読心術師の念力が人を殺した」と大騒ぎになり、更なる事件が発生し……という、飛び切りの不可解な謎に、我らが名探偵ヘンリー・メリヴェール(H・M)卿が挑みます。不気味な読心術師を始め、登場人物たちがすべて思惑を秘めている(ように見える)ために、事件の様相がものすごくこんがらがってしまい、複雑怪奇を極めたのちに、H・M卿の鮮やかな解決を見せられるのは、実に爽快です。

カーの中では初期から中期にさしかかる頃の作品なので、H・M卿もちょっと型破りで毒舌を吐くぐらいで、中期〜後期の作品のような自らドタバタを演じる派手さはまだ見せていません。それでも、犯人を陥れるためにかなり巧妙な仕掛けを打ったりするあたり、相当に行動的な探偵であるのは確かです。「喉切り隊長」でも書いたとおり、何より物語として非常に面白いのは、やっぱりカーの職人芸のなせる業ですね。

ちなみに、カー作品の大部分が、英国を舞台にしています。カー自身はアメリカ人なのですが、生涯の多くを英国で暮らしているほどの英国好きだったそうです。クリスティー作品に出てくる田園的な英国とはまたちょっと違い、伝説と怪奇に満ちた側面を強調した英国が描かれることが多い気がします。実際イギリス人のオカルト好きは有名で、どの町、どの村にも"幽霊屋敷"と呼ばれる家が必ずある、とさえ言われるほどですから。よっちがカー作品を好きな理由のひとつは、もちろんよっちも英国好きだからなのです。

喉切り隊長7月28日読了
ジョン・ディクスン・カー著、島田三蔵訳ハヤカワ・ミステリ文庫★★★★

本格推理小説黄金時代の巨匠ディクスン・カーの、ナポレオン時代のフランスを舞台にした時代ミステリの傑作。

ディクスン・カー(&カーター・ディクスン)の推理小説は、中学生の頃から大好きで、今までに20冊以上読みました。さらにそれ以上の本を買ってあり、これから少しずつ読んでいこうと思っているのです。中学生のときに「こんな面白い作家の本を全部一気に読んでしまったら、老後の楽しみがなくなる」と思い、それ以来カー本は、「一生かけて、ゆっくりと」読んでいます(笑)。特にフェル博士(カー名義)、H・M卿(ディクスン名義)のシリーズ探偵ものが大好きです。

よく「密室の王者」「不可能犯罪の巨匠」「オカルティズムの大家」とか評されるカーですが、確かにトリックとかオカルトとかの興味はあるけれども、よっちにとってのカーの最大の魅力は、それらの要素(あとギャグとかサスペンスとかいろいろの要素)を総動員して、とにかく「面白い物語」を書こうとしている(そして、それに成功している)ことなのです。だから、トリックがどうとかオカルトがどうとかで作品の評価をするのではなく、読み終わって「ああ面白かった」と言えるかどうかなのだと思っています。特に、中期〜後期の作品には、そういう「物語として面白い」作品が多くて好きです。ミステリだってエンターテインメント小説なんだから、それが肝心だと思うのです。

特に、後期に多く書かれたいわゆる"歴史もの"では、ミステリ要素の比重が軽くなり、総合的な「物語としての面白さ」がよりいっそう追求されています。今回読んだ「喉切り隊長」でも、殺人事件のトリックはそんなにたいしたことはないのだけれども、ナポレオンの英仏戦争の中で、登場人物の虚々実々の駆け引きや、ハラハラさせる脱出劇、サスペンス要素が読み手をグイグイ引っ張ってゆくのが、さすが物語作家カーの面目躍如!という感じです。

久しぶりに読んで、「う〜ん、やっぱりカーは面白い!」と再認識したよっちは、またしばらく続けてカー作品を読むことになりそうです。

Macintosh的デザイン考現学7月3日読了
大谷和利著毎日コミュニケーションズ★★★★

サブタイトルに「アップルプロダクトと世界的デザインの潮流を探る」とあるように、初代Macintoshから現在までのアップルコンピュータ製品の流れを、デザインの視点から分析した、画期的な一冊。パソコンを、そのスペックや使い方ではなく、デザインの視点から見た本ってのは珍しいんじゃないかなあ。それだけのものを考えさせるデザイン性が、アップルの製品にはあるということなんだろうけど。

よっち自身もMacのすぐれたデザインにずっと注目していて、ついにPowerBookを購入するまでに至ってしまった1人です。デザイナー、アーティスト、写真家、ミュージシャンたちの間で使われているパソコンが圧倒的にMacが多いのも、そういう理由がひとつにあると思います。

この本の中でも、特に、爆発的な人気を博した初代iMac以降のデザインを、同時代のいろんなプロダクトのデザイン(他社のパソコンから家電製品、スポーツグッズ、おもちゃ、ファッションまで)と比較してお互いの影響や独自性を論じた部分がとても面白かったです。単なる"メカ"でなく、生活の中のグッドデザインのひとつとして定着しているMacとして。グッドデザイン好きで、特にインテリアの中での調和を重視するよっちとしては、自分でPowerBookを使ってみて、そのインテリアとの親和性をしみじみ実感しています。(逆を言えば、ハイ、よっちはデザイン重視でパソコンを選んでいます……)ちょっとMac礼賛すぎて気になる部分もあるけど、よっちみたいにデザイン好きの人には、ぜひオススメの一冊です。

ビジュアル・ワイド 京都の大路小路6月25日購入
森谷尅久監修小学館★★★★★

ここ数年すっかり京都にはまっていて、毎年京都へ行っているちこ&よっちですが、京都が日本のほかの町と大きく異なっているのは、この街の生活が「路」を基準にしているということで、もちろん番地表示も「路」単位です。その意味では、京都はヨーロッパの街や村に近いといえます。京都に行くとヨーロッパの古い街を思い起こすのですが、それは古きと新しきが同居する雰囲気などもさることながら、こうした「路」を基準にした都市づくりや生活が根付いているからなのでしょう。

この本は、京都を「路」という切り口で紹介した本で、四条通のような大きい路も"図子"と呼ばれる短い路地も、等しく項目に分けられ、路の由来はもちろん、その路にある有名な建物や店、逸話などが書かれていて、とても興味深い本です。京都を歩くときの大きな楽しみとして、よっちは「路めぐり」があると思うのですが、次に京都へ行くときは、この本を携えながら京都の路めぐりをしてみようと思っています。

恐怖の霧 グイン・サーガ906月18日読了
栗本薫著ハヤカワ文庫JA★★

吉本ばなな自選選集3 Death6月10日読了
吉本ばなな著新潮社★★★★

これまでの小説作品を著者自ら選び、テーマ別に全4巻に編集した作品集。2000〜2001年に刊行されました。各巻のテーマは、1:Occult(「アムリタ」など収録)、2:Love(「ハネムーン」など収録)、3:Death(「キッチン」、「N・P」など収録)、4:Life(「TUGUMI」など収録)。

まず装丁について。この選集の装丁は、新潮社装丁室の望月玲子さんが手がけています。よっちはCDのジャケ買い、本の装丁買いをよくやるのですが、以前とても装丁を気に入って買ってしまった本が、すべて「水木奏」という人の装丁だったということがあったのですが、この名前は、望月さんが新潮社以外の本の装丁をするときの"ペンネーム"だったことを知り、それ以来すっかり望月さんの装丁のファンなのです。

この選集も、はっきり言って装丁買いでした。よっちはそれまで吉本さんの小説を読んだことがなかったし、あまり興味もなかったのですが、このフランス装の、シンプルでかわいらしい本を店頭で手にしたとき、もう「買う」と決めていました(笑)。(同じ望月さんの装丁で「須賀敦子全集」を全巻購入した前科あり)表紙やカバーの紙選びから、本文やタイトルの文字組など、この人のデザインは、いちいちよっちのツボにハマルのです。手にとって読むときの"手触り"まで、キチンと計算に入れている気がします。本作りにおいて、装丁がいかに大事か、を思い知らされます。

さて、肝心の内容ですが、1巻の長大な「アムリタ」にはさすがに圧倒されたものの、2巻(Love)の作品にはあまりピンときませんでした。ずいぶん間があいてこの度3巻目を読んだのですが、ここに入っている作品は文句なしに面白い。テーマが「Death」なので、けっこう雰囲気が重めの作品が多いのですが、その分、人間のナマの姿に肉薄できるからでしょうか。登場する人々は例によってちょっとエキセントリックなのですが、そのエキセントリックさが、満ちあふれている"死"の香りを中和させて、いい方向に出ていたと思います。特に「キッチン」と続編「満月」、そしてなんと言っても「N・P」のオカルティックな物語が素晴らしい。「N・P」は「アムリタ」と並んで、今までに読んだ吉本作品の最高峰だと思いました。

図説 ロマネスクの教会堂5月22日読了
辻本敬子、ダーリング益代著河出書房新社 ふくろうの本★★★★

フランスを中心に、中世ロマネスク様式の教会建築を、写真満載で紹介する案内書。前半でロマネスク教会建築や教会美術について構造、様式などの面から詳細に解説し、後半で実際に代表的ないくつかの教会を取り上げるという構成になっています。特に、CGで著者が作成した建築構造のイラストが実に大量に掲載されていて、いやあこれはすごい。調べるのももちろん大変だったろうけど、これだけ精緻な構造図を一点一点作成する手間を考えると、よほどの凝り性で忍耐強い人でないと、こんなにたくさんつくれないだろうなあと感心です。

それにしてもこの本、一見初心者向けのガイドブックのように見えるけど、中身はかなり高度で本格的でした。よっちは大学時代、西洋美術史を専攻していて、特に中世ヨーロッパをメインにやっていたので、この本の内容はかなりの知識を持った状態で興味深く読めたのですが、一般の何も知らない人がいきなりこの本を読んだら、建築や美術の詳細でかなり高度な解説(ほとんど論文といってもよい)についてゆけるのだろうか、と心配になるほどです。まあ、何も知らない人への配慮はもちろんあるわけで、序章に紀行文的な文章を入れて、ロマネスク教会への興味を誘うようにはしてあるのですが。写真や図版も実にたくさん入っているので、それを眺めているだけで楽しいだろうし。

というわけで、よっち個人としては大満足の一冊でした。内容的にはすでに知っていることが多かったのですが、改めてこうして体系的に読み、お勉強してみると、やっぱり中世ヨーロッパって面白い、奥が深い。いますぐカメラを持ってフランスへ飛び、ここに出ている教会を巡ってその空間を体験して(これはさすがに本だけでは味わえないですし)みたくなるし、もっと高度な本をいくつも買って読み漁り、また研究生活をやってみたい気分になります。自分がいかに中世好き、ヨーロッパ好きかを再認識する一冊になりました。

夢魔の王子 グイン・サーガ894月30日読了
栗本薫著ハヤカワ文庫JA★★

某キャラがお亡くなりになったおかげで、物語の進み具合が少しテンポよくなった気がしました……。

ドリームバスター24月24日読了
宮部みゆき著徳間書店★★★★

シリーズ第2作。宮部さんの書く小説は実に読みやすく、かつ面白く、ジャンルも社会派推理から時代小説、SF・ファンタジーまで本当に幅広く、しかも安心して読める(ここが実は一番ポイント高い点です)。おそらく当代一のエンターテインメント作家であるのは間違いないでしょう。

このシリーズは、ファンタジーと言うよりはSFと呼ぶべきなのでしょう。異星から地球人の夢の中に潜入して、潜伏している凶悪犯を捕らえる「ドリームバスター」の二人組、シェンとマエストロの活躍を描いた連作集です。

「夢の中に入る」というアイデアは、よっちも高校生の頃から考えていて、仕事のネタにも使ったことがありますが、1巻目を読んだときに、ここまでしっかりと構築された設定を見せられて脱帽しました。使い込まれたオンボロのマシンを駆って荒っぽい仕事をこなすシェンとマエストロのイメージは、映画「スター・ウォーズ」のハン・ソロが乗るミレニアム・ファルコン号や、野田昌宏さんのスペース・オペラ小説「銀河乞食軍団」とかを思い出したりします。変な言い回しだけど「生活感のあるSF」とでも呼べるようなイメージがあるのですよ。

この第2巻も大変面白く、あっという間に読んでしまったのですが、1巻目の物語が、我々と同じ現実の地球人の視点(つまり、夢を見るほうの視点)から描かれていたのに対し、2巻目は(正確には1巻目の第3話から)、シェンたちの住む惑星の視点で物語が進んでいきます。そのせいか、今回のほうがSFっぽさが強い印象がありました。しかも1巻目は各エピソードが完結していたのに、今回は盛大にあとに引っ張る要素が多い……。いやでも続きが気になる展開なのです。ここまで読んだら、きっと完結するまで読むことでしょう(笑)。まったく、素晴らしいことです(笑)。SF嫌いでない人は、ぜひ読んでみてください。ハマりますよ(笑)。

ウォーターランド4月16日読了
グレアム・スウィフト著、真野泰訳新潮社クレスト・ブックス★★★

イングランド東部の湿地帯"フェンズ"を舞台に、過去と現代を行き来しつつくり広げられる、死と愛と憎悪と「歴史」の物語。頻繁に過去と未来を往復する中で、この土地や人々の歴史の叙述が長々と続いたり、ウナギの生態に対する考察が挿入されたり、たぶん時系列に直すと単純である物語を、非常に複雑な順列に置き換えて叙述することで、ある種の「迷宮」を紡ぎだしている小説です。そしてその「迷宮」そのものが、人間の精神の奥深い"闇"の表現に他ならないのでは、と思いました。(そこまで著者が狙っていたのかどうかわかりませんが)

でも、正直言って読み難い、読み進めるのにかなりの労力を必要とする小説でした。"フェンズ"という湿地帯の風景イメージが思い描きにくかった、というのもある。実際にそこを訪れたことがあれば、この小説の印象もまた違ってくるかもしれません。今度英国に行くときは、行ってみようかな。

楽毅(全4巻) 第1巻 第2巻 第3巻 第4巻3月25日読了
宮城谷昌光著新潮社★★★★★

全4巻。久しぶりに宮城谷さんの大長編を読みました。手元の第1巻の発行日が1997年9月25日(初版本です)だったので、購入後5年半たって読んだことになります。さすがによく熟成されていました(笑)。

宮城谷さんの小説は、初めて読んだ「重耳」(全3巻)がものすごく面白かったので、以後この人の大長編ものはすべて買っていました。そのどれもが古代中国を舞台にした壮大な物語で、ほんとーうに「面白い歴史小説ってのはこういうものなんだ」とつくづく感じさせられる話ばかりでした。この「楽毅」も、実に読みやすく面白く、かつ読みごたえたっぷりで、傑作の一語に尽きます。

宮城谷作品の魅力のひとつに、「凛として生きる主人公の、魅力的な人物像」があります。平たく言えば「キャラが立っている」と言うことなんだけど、読み進めていて、素直に主人公に(そして物語に)感情移入してゆけるのですよ。これって、やっぱり作者が持つ、小説作りの並々ならぬ力量がなせる業だと思います。

この主人公・楽毅も、戦国時代の小国・中山国の天才的な軍略家/将軍でありながら、器が小さく視野も狭い国王や官僚のせいで国が滅亡するという悲哀を味わい、そのどん底から這い上がって、歴史を変えてしまう大会戦の将軍としてその名を轟かせるまでになるのですが、彼を動かす原動力が、現世的な欲望ではなく、「己を全うしたい」というあくなき願いであるというのが、読む私たちをひきつけます。こんなに無私で物事に取り組める人が今の世の中、そうたとえば政治の世界にいてくれたら……。よっちは、歴史小説を「現代のビジネスマンの生き方の指針」だとか「このリーダシップに学ぶ」みたいにとらえるのがすごく嫌いで、単純に「かつて生きた人々の面白くて壮大な物語」=娯楽として楽しく読む人なのですが、そのよっちでさえ、今の世の中に、政治に企業に、楽毅のような人がいてほしい、この本を読んで楽毅のように無私に徹して尽くす人がいてほしいと思わずにはいられませんでした。それほど今の日本の状況が、目を覆わんばかりにひどい、ってことなんでしょうけどね。

マイケル・ケンナ写真集 A Twenty Year Retrospective3月22日購入
マイケル・ケンナ著エディシオン・トレヴィル★×100

もう何も言うことありません。ただただ「素晴らしい」の一言です。
モノクロームの残像の中に浮かび上がる、幻想的な風景の数々。これこそ「写真の力」です。みなさんもぜひ、堪能してください。

Alaskan Dream III 愛の物語3月2日購入
星野道夫著TBSブリタニカ★★★★★

1996年、不慮の事故で急逝したネイチャー・フォトグラファー星野道夫の遺した写真を、未発表のアラスカ動物写真を中心に編集した写真集。この本では動物の親子の写真が多く収録されています。それでタイトルが「愛の物語」なのでしょう。

この人の写真集を買ったのはこれが初めてです。店頭でパラパラ見て、写っている動物たちが「かわいい!」から買ったわけなんだけど(笑)。うん、かわいいのです。アラスカなので、冬などは非常に厳しい自然環境なのだろうし、その中で動物たちは必死に生き抜いているはずなのですが、この写真集では、そんな動物たちの厳しい生きざまに裏打ちされた「愛らしさ」を切り取って我々に見せてくれています。どの動物のかわいいのですが、表紙の写真にもなっているフクロウが、中でもよっちのお気に入りです。

こうしてみると、よい写真集というものは「編集力」のたまものだと、改めて思います。もちろん写真自身の力が大きいのはいうまでもないのですが、大量の写真の中から、企画の意図に沿って取捨選択し、写真の順序や本の構成を決めるのは、紛れもなく作者や編集者の「編集力」です。これがあるから写真集は面白いのです。

星の葬送 グイン・サーガ882月24日読了
栗本薫著ハヤカワ文庫JA★★

14歳のときから熱狂的な大ファンで、ずーっと読み続けてきたグイン・サーガ。しかし、今や惰性で読んでるだけ。こんな話になろうとは、ワクワクして読んでいたあの頃は予想だにしていなかった……。寂しいです。もう何も言うことはありません。かつてファンだった自分に免じて★ひとつおまけ。

道のむこう2月8日購入
ベルンハント・M・シュミット著ピエ・ブックス★★★★★

日本在住のドイツ人写真家による、「道」の写真集。
ヨーロッパ、アメリカ、南米、そして日本の各地での道路の写真、それもタイトルが示すようにほとんどの写真が画面手前から奥に道が向かうように撮影された写真です。これだけいろんな道を見ていると、わけもなく旅に出てみたくなり「道のむこうを見てみたい」と思わずにいられません。いろいろな地形の、いろいろな環境の中のいろいろな様相の「道」が、「人の通るところに道あり」という言葉どおりにそこを人が通った証なのだと、つまり「道」の写真は間接的に「人」の写真なのだと気づかされます。

個人的には、アメリカや南米の砂漠やごつごつした荒地の「道」より、ヨーロッパの牧草地や田園地帯、木立の並ぶ並木の「道」の写真のほうが好きです。よっちは大のヨーロッパびいきですから。

オタク学入門2月6日読了
岡田斗司夫著太田出版★★★★

友人から強引に借りてしまった本。るー様、どうもありがとうございます。
「オタク」と言われる人間を、現代の高度に発達した情報文化の中で適応し、すぐれた「3つの眼」を持つニュータイプの人類としてポジティヴにとらえ、論じた一冊。自身も筋金入りのオタクである著者の守備範囲は広く、本書の中でもアニメ、マンガから映画、ゲーム、特撮、フィギュアなど幅広く取り上げられています。オタクの視点を、「匠」の眼・「粋」の眼・「通」の眼の3つの「眼」で分析し、「見立て」や「趣向」など日本の伝統芸能も引き合いに出しながら、「オタク」という存在が実に日本的なものであることを力説した箇所などは、痛快でさえあります。

よっちも大学時代、「人類には"オタク"と"ふぬけ"の2種類しかいない。新しいものを作り出してゆく可能性を持つのは"オタク"のほうで、"ふぬけ"はそれを消費するだけだ」という持論をさかんにうそぶいていただけあって、この本には共感することしきりでした。(ただ、よっち自身はとても本物の"オタク"には及びもつきませんが)大好きな「スター・ウォーズ」や「ブレードランナー」などをオタクの視点から論じた部分をはじめ、非常に楽しく読みました。元編集者の立場から(=作り手の立場から)「よくわかる」部分にもうなずくことが多かったです。

この本が書かれたのは1996年ということですから、現在はもう少し状況が変わっている部分もあるのでしょう。でも、モノの「作り手」だけでなく、「受け手」=「鑑賞者」も成熟することも、世界をクリエイティヴにしてゆくためには必要であるのは間違いないと思います。その鍛えられた「眼」こそが、氾濫する情報から「本当にいいもの」を選び出してゆくのだと思うから。でも、今の日本全体の風潮を見ていると、なんだかまだまだかなあ……。

望楼館追想1月24日読了
エドワード・ケアリー著、古屋美登里訳文藝春秋★★★

これもまたとても不思議な、というより奇妙な小説でした。望楼館という、かつては大邸宅だった集合住宅に住む人々、常に白い手袋をはめて他人の愛する品を蒐集する主人公フランシス・オームをはじめとする奇妙な人々の、やがて望楼館に終焉が訪れるまでの物語です。

正直、けっこう(作者の)悪意に満ちているとさえ思える人物造形に、最初はちょっと辟易しながら読みました。それほどに出てくる人物すべてが、一人残らず尋常でなさすぎるのです。でも、読み進めるにつれて作者の本意が"愛"に満ちた人々の触れ合いにあるのだと知ってほっとしました。読後感は意外と爽やかでした。

結局、人々を異常な「尋常」に閉じ込めてきたのは、望楼館という建物それ自体だったのかもしれません。「物」が、時に人間に対して非常に大きな拘束力を発揮するということを、この作者は言いたかったのでしょうか。それは「文化」とか「因習」という言葉にも言い換えられると思います。そういうことをいろいろと考えてしまう小説でした。巻末の、千点近くに及ぶ「フランシス・オームの愛の展示品」の目録は圧巻です。

灰色の輝ける贈り物1月13日読了
アリステア・マクラウド著、中野恵津子訳新潮社クレスト・ブックス★★★

カナダの大変寡作な作家の短編集。
とても不思議な味わいの本でした。カバーにウールのセーターの写真をあしらったりして、同じクレスト・ブックスから出てるジュンパ・ラヒリの短編集「停電の夜に」(これもとてもイイです)の読者層を狙った感じの本のつくりだけど、「停電の夜に」とはかなり違った趣きだった。

かなり男っぽい、漁師や炭鉱労働者などのブルーカラーの人々が主人公の、親と子、あるいは孫の触れ合いや葛藤がとても地味ーに描かれている。地味だけど「燻し銀」という感じの、よい意味での地味さかな。

ほとんど全編が、カナダのケープ・ブレトン島という寒々しい島を舞台にしているのも特徴。この島自体が持つ斜陽感、鬱々とした雰囲気も、物語の演出に一役買っている気がする。 でも一番好きなのは、何気なく書かれている家の中の描写とか、日常的な生活の様子の記述とかだったりするんだけどね。

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