Book

よっちは小さいころから読書が大好きです。
しかし、本を読む速度が遅いので、ひと月に読める本の数は、せいぜい2、3冊です。
そんなわけで、このレビューも緩やかに増えていくのかなと思います。
なお、ここに書かれた評価は、あくまでよっち個人の感想・評価ですので、ご了解よろしくお願いします。
(★は5つが満点です)

Updated: 12th Feb.,2005



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INDEX(五十音順)

アヒルと鴨のコインロッカー犬は勘定に入れません永遠への飛翔オーデュボンの祈り京 逍遥クライマーズ・ハイくらやみの速さはどれくらい自分の仕事をつくる常用字解旅をする木ダ・ヴィンチ・コード「ダメ!」と言われてメガヒットデザインのデザイン慟哭豆腐小僧双六道中 ふりだしドールの子熱砂の放浪者パーク・ライフ博士の愛した数式バカの壁ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団パンチとジュディ秘密の京都4TEENフランチェスコの暗号ブルータワーボートの三人男ぼんくら

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くらやみの速さはどれくらい12月30日読了
エリザベス・ムーン著、小尾芙佐訳早川書房★★★★

本の帯の惹句には"21世紀版「アルジャーノンに花束を」"とあります。便宜上、一応SF小説と呼ぶのが正しいのでしょう(ジャンル分け、というものほど不毛なものはない、よっちは常々思っていますが)。といっても、この物語に出てくる近未来世界は、現実世界となんら変わりはありません。テクノロジー的な細かい描写も極力省かれているので、とくに"未来"を意識しないで読んでしまうと思います。ただ1つ、医学の進歩によって自閉症が幼児のうちの治療で完治する、というのが現実にない設定なのです。主人公ルウは、この治療法が確立される前に、自閉症のまま大人になった少数の人間のひとりとして登場します。彼が、新しい自閉症治療の実験台になれと言われ、悩みながらひとつの決断をするまでの生活が、淡々と描かれていきます。物語のほとんどの部分がルウの一人称で進むため、ただでさえ淡々とした物語が、さらに起伏がないかのような印象を感じます。

物語の結末は、大変に微妙な結末です。単純なハッピーだのアンハッピーだので割り切れない、なんとも複雑な気持ちにさせられます。このような感情を結末で抱かせるためにだけ、この淡々とした長い物語が書かれたのではないかとさえ思わせます。結局"ノーマル"な人間とは何でしょうか。"ノーマル"は"自閉症"より勝っているなどといえるのでしょうか。いや、そもそも"ノーマル=正常=普通"な人間なんて存在するのでしょうか。我々のある種"傲慢"な思い込みに、この物語はさりげなく楔を打ち込んできます。装丁(カバーイラスト)がとても素敵だったことを付け加えておきます。

ブルータワー12月2日読了
石田衣良著徳間書店★★★★

今いちばんノっている作家の一人による、初めてのSFファンタジィ小説。不治の病を抱えた一人の男が、絶望に満ちた未来世界を変えてゆこうと苦闘する冒険物語です。ストレートにヒューマニズム賛歌すぎる部分もあって、やや気恥ずかしく感じてしまう部分や、ちょっと安易に物事が運んでしまうところもあるのですが、全体に面白く読めました。特に、階級差別が極限にまで達し、恐るべき"死の病"が猛威を振るう未来の"塔の世界"の描写は、かなりリアルな手触りで読み手に伝わってきます。この世界の悲惨さは、多少の誇張はあるものの、やはり我々の現実の世界の悲惨な部分を映し出しているのでしょう。考えさせられるところの多い物語でもありました。

フランチェスコの暗号(上・下) 上巻 下巻11月15日読了
イアン・コールドウェル&ダスティン・トマスン著、柿沼瑛子訳新潮文庫★★★★

原題は"The Rule of Four"。なのにこの邦題になったのは、やはり「ダ・ヴィンチ・コード」を意識してのことでしょう。確かに、ルネッサンスの謎の貴人"フランチェスコ"が書いた古書「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」の暗号解明をめぐる物語であるし、美術史・歴史・文学史のネタが頻出し、古書をめぐって連続殺人が起きるサスペンス要素もあるとなれば、誰もが「ダ・ヴィンチ・コード」を連想するでしょう。よっちもそうでした。しかし実際に読んでみると、確かにいくつかの点で「ダ・ヴィンチ・コード」に似ているものの、この物語には「ダ・ヴィンチ・コード」にはない、もうひとつの重要な要素があったのです。それは、謎解きの主人公ポールとトムがプリンストン大学の学生であり、彼らにギルとチャーリーを加えた4人の友情と卒業間近の学生生活を描いた"青春小説"であるということです。実際、物語のほとんどすべてがキャンパスの中で進行しますし、彼ら4人や語り手トムの恋人ケイティの大学生活のさまが、実に生き生きと描かれているのです。

この2つの要素が絡み合い、渾然一体となって物語が構成されているのですが、読み進むうちに古文書の謎やサスペンス部分よりも、彼ら登場人物の人間関係がどうなってゆくのかが興味の中心になっていったほどです。むしろ、青春小説の要素のほうがこの物語の中心に据えられているといっても過言ではないでしょう。回想部分と現在の部分が交互に語られ、時制がめまぐるしく変わる印象がありますが、それもきっと青春小説として効果的な構成だったからだと思われます。そういったわけで、この小説は(爽やかな読後感も含めて)「ダ・ヴィンチ・コード」とはずいぶん違った趣を持つ物語でした。いやむしろ、その爽やかさにおいて「ダ・ヴィンチ・コード」よりこちらのほうが勝っているといっても過言ではありません。よっちとしてはむしろこちらを薦めます。

ちなみに、よっちはこの本を買ったときには、タイトルの「フランチェスコ」というのは、かの有名なアッシジの聖フランチェスコのことだと思い込んでいたのですが、全然違う人のことでした(笑)。

パーク・ライフ10月26日読了
吉田修一著文春文庫★★

出張先で「ダ・ヴィンチ・コード」を読み終わってしまい、読むものがなくなったので、駅の書店で慌てて買った一冊。確か数年前の芥川賞受賞作だったと思いました。読み終わった感想は、決してつまらなくはなかったけれど、「ふーん」という感じ。日常を淡々と描いた小説自体はよっちも好きだけど(「雪沼とその周辺」とか)、この小説はそこまで突き抜けていない印象でした。都会で暮らす人たちのコミュニケーションとディスコミュニケーションぶりが、なんか一人一人の人間の持つ"孤独"と他者との"ずれ"、不意に訪れる"共感"めいたものを浮かび上がらせているような物語でした。でも、こういう、起承転結も読後のカタルシスもない小説って、どの辺がどう評価されて賞とかもらうのかな。よっちにはよくわかりませんでした。わかる人にはわかるのでしょうが。

ダ・ヴィンチ・コード(上・下) 上巻 下巻10月19日読了
ダン・ブラウン著、越前敏弥訳角川書店★★★

こちらも説明不要のベストセラー。なんだかここのところ、「話題の本」ばかり読んでいるような気がします(笑)。しかも上下巻ものが多い。というのも、よっちは"面白い物語は長ければ長いほど良い"と思っているので……。

確かに大変面白く読めました。よっちが大学時代専攻していて大好きな、美術史や象徴学の話、ダ・ヴィンチ、聖杯伝説、イエスの謎、そして次々と現れる難解な暗号……これらが、サスペンス溢れる冒険のうちに語られるのだから、面白くないはずがありません。「面白いよ」と人に薦められる本ではあります。なのですが、全編にわたって、B級ハリウッド映画を観ている感じがどうにもぬぐえませんでした。描写が安っぽいというか、ドラマとして薄っぺらいものを感じるというか……。人間描写に深みを感じなかったからでしょうか。加えて、あまりにも頻繁に視点が変わるのも、いちいち読み進める流れが途切れるような気がして、うっとおしく感じました。(よっちは、ちゃんとした理由がなければ、極力一人の人間の視点で書かれた物語のほうが好きです)

というわけで、正直言って、手放しで賞賛する作品ではありませんでした。大ベストセラーになるほどの際立った小説と言えるのかどうかは、疑問です。現在、この本の映画化が進行中とのこと。よっちが小説から感じたような安っぽい映画にならないと良いのですが……(笑)。

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(上・下)9月15日読了
J・K・ローリング著、松岡佑子訳静山社★★★★★

もうわざわざ語るまでもないくらいですね。大ベストセラーシリーズの新刊です。このシリーズの新刊が出るかどうかで日本の、いや世界の出版界の年間業績が大きく変わってしまうほどになるとは、第1巻が出た当初は誰が予想できたでしょうか。

シリーズ随一の長さだった前巻よりも更に長い、第5巻。読み応えと読者をぐいぐい引っ張ってゆくリーダビリティはさすがです。読書スピードの遅いよっちが、この長い物語を1週間足らずで読み終えてしまったほどですから。特に、今回はアンブリッジという、魔法省から魔法学校ホグワーツへ派遣された魔女が登場するのですが、この魔女の憎々しいこと! このアンブリッジ憎しで"ぐいぐい"力はさらに強まっています。そして、巻を追うごとにさらにダークになってゆく物語、ハリーを待ち受ける過酷な宿命。もう誰もこの物語を"お子様向け"などと誤解することはないでしょう。15歳に成長して初恋も体験して、"思春期"なのかイライラして"キレやすい"今回のハリーには賛否両論のようですが、自分の15歳の頃などを振り返ってみると、あの不安定な、まわりに不満ばかり感じてついつい当たってしまう心理はすごくよくわかるものがあって、共感できました。大きな試験を控えたハリーたちと同じように、我々の多くも高校受験に苦しんだ年齢だし、ましてやハリーは尋常でない運命を抱えてしまったのだから……。

ダンブルドアやシリウス、ルーピンなどの魅力的な登場人物も相変らずでしたし、どこかで「特殊行政法人みたいな」と書かれていた魔法省も、何か妙にリアリティがあって興味深かったです。その魔法省を舞台に、物語のクライマックスでくり広げられる、ダークな(そして悲しい結末が待つ)魔法バトルは、その凄まじさに圧倒されてしまいそうなほど。この巻で大きく広げられた風呂敷がどのように広がってゆくのか、次巻がとても楽しみな一冊でした。

ぼんくら(上・下) 上巻 下巻9月9日読了
宮部みゆき著講談社文庫★★★★

江戸・深川の長屋で次々と事件が起こり、脅えた住人たちが次々と姿を消してゆく謎を、"ぼんくら"な同心の平四郎と甥の美少年・弓之助が解き明かしてゆく、長編時代ミステリー。

他の宮部作品と同じく、この長い物語も先へ先へと読者を引っ張る力は素晴らしい。謎の展開の見事さと魅力的な登場人物たち(特にこの作品ではこちらに力点が置かれているように感じます)がくり広げるドラマチックなストーリイ運びに、読むほうはすっかりと乗せられてしまい、最後まで一気に読み進めてしまいました。ラストがやや物足りなかった感はあるものの、これだけの長い物語を楽しく読ませてしまうのは、やはりこの作者ならではでしょう。

博士の愛した数式8月30日読了
小川洋子著新潮社★★★★★

第1回本屋大賞受賞の、話題の小説です。この作者の作品は、前に「密やかな結晶」を読んだことがあり、そのファンタジイ的で独特な物語世界とともに、過度に熱くならない穏やかな文体に強く惹かれた記憶があります。この作品も、決して声高にならず、余計な熱情に猛ることなく、穏やかに物語を進めることで、かえって心の奥底からじわじわと荘厳な想いが湧き上がってきます。読み終わったあと、本当に静かで穏やかな"感動"に心が包まれました。これこそよっちが(作品作りの中で)目指す"静謐"感なのかもしれません。ただ、「密やかな結晶」に比べると、この作品のほうが"理解しやすい"感じはありました(だから一般受けしているのでしょうが)。この作者の、これまでの小説群の中ではちょっと"異質"な作品なのかもしれません。よっちはどちらの傾向もそれぞれに好きなのですが。

記憶が80分しか持たない老数学者「博士」と、彼の家政婦として雇われた「私」、そしてその息子「ルート」との、穏やかで不思議なふれあいの物語です。ここに描かれている、誠実な人々の穏やかな物語を、"スローライフ"などというものとの安易な混同は絶対にしたくはないのですが、これほど口をすっぱくして多くのひとが言っているにもかかわらず、「ちょっと立ち止まろうよ。私たちの身の回りを見回してみようよ」ともう一度言わなければならない気持ちになります。それほど我々は、本当の意味での"スローライフ"(この言葉自体が日本の商業主義から出てきた造語なのですが)を知らないんだということです。学問としての"数学"には、よっち個人はあまりいい思い出はありませんが、この「博士」の語る"数"の持つロマンティックさはとてもよくわかる気がします。我々の日常生活の中では、こんなにロマンティックに"数"と向き合う機会は、ほとんどといってもいいほどありませんが(シビアに向き合うことは多くても)、時にはちょっと立ち止まって、目の前の"数"のロマンティックな側面に思いを馳せてみるのもいいかも知れません。

犬は勘定に入れません8月21日読了
コニー・ウィリス著、大森望訳早川書房★★★★★

副題は「あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎」。超名作「ドゥームズデイ・ブック」、大作「航路」に次いで、この作者の本を読むのは3冊目になります。今回も素晴らしいストーリーテリングのうまさと魅力的な登場人物たちが満載で、とても面白かったです。「ドゥームズデイ・ブック」と同じ設定の、近未来のオックスフォード大学史学科生たちのタイムトラベル小説なのですが、「ドゥームズデイ・ブック」(本当に素晴らしい超名作! 絶対読んで!)がばたばた人が死にまくる悲劇の物語だったのに対し、こちらはとにかく滑稽でユーモラス、おまけに誰一人として死なない、という明るい喜劇でした。

うっかりネタバレを書いてしまいそうになるので、多くは書きませんが、SF小説、ミステリ小説、恋愛小説、冒険小説、ユーモア小説、そしてもちろん件の「ボートの三人男」……と、さまざまなジャンルの要素が、大量のヴィクトリア朝の詩の引用とともに詰め込まれ、みごとに織り上げられて素晴らしい物語に仕上がっています。特に、ボートでテムズ河を下るのんびりとした前半(しかし話の行く先はわからない)から、文字通り"時空をまたにかける"後半へ、そして次々と伏線が明らかになり鮮やかに(?)謎を解く大団円へとつながってゆく物語の展開がみごとでした。こういう物語を読むと、"小説の幸福な勝利"をまざまざと思い知ることができます。手放しでオススメできる、素晴らしい小説です。

ボートの三人男7月26日読了
ジェローム・K・ジェローム著、丸谷才一訳中公文庫★★★

コニー・ウィリスの「犬は勘定に入れません」が、この「ボートの三人男」のスタイルを取り入れて書かれているということで、いわば"予習"としてわざわざ取り寄せて読みました。19世紀ヴィクトリア朝英国のユーモア小説として名高い作品なのだそうです。

気鬱と退屈に取りつかれた「僕」と友人ジョージとハリスが、犬のモンモランシーを連れてテムズ河をボートで遡る休暇旅行に出かけ、その途上で起こった滑稽なエピソードを描いたユーモラスな物語。だからタイトルが(犬は勘定に入れずに)三人男なのです。何よりものんびりと優雅なヴィクトリア朝英国の雰囲気がとても心地よい。現代の日本人からはちょっと想像がつきにくいが、ボートの川遊び(特にテムズ河)は、当時の英国の上・中流階級の人々には大変好まれていたのです(現代でも愛好する人は多い)。そして物語の進み方や文章の叙述も実にのんびりしていて、これは実に19世紀的だなあ、何もかもが教養がありゆったりとしていて、まさに「旧きよき時代」の物語だなあ、としみじみ感じました。皮肉たっぷりのものの見方やドタバタ場面も、なんだか微笑ましい。楽しくくつろいだ気分になって、自分もゆったりとした時間を過ごしたくなる、そんな素敵な小説でした。

オーデュボンの祈り7月7日読了
伊坂幸太郎著新潮文庫★★★★

「アヒルと鴨のコインロッカー」に続き、この著者の本をまた読みました。今回はデビュー作とのこと。コンビニ強盗未遂で警察から逃げてきた「僕」が、気がつくと江戸時代以来外界との交流を断っている不思議な島に来ていて、さらに不思議な島の住人たちと出会う。その中でも極めつけは未来を知り、人の言葉をしゃべるカカシ。そのカカシが「殺され」て……というなんともシュールな小説で、人によっては拒絶しそうですが、よっち自身は物語の中できちんと整合性がとれていればそういうのはOK、というよりむしろ、いわゆるマジックリアリズムの小説は大好きなので、大変楽しく読めました。

このシュールな設定や登場人物たちのせいか、「アヒルと鴨のコインロッカー」よりはミステリーっぽさは薄く、意外な真相に驚くわけではありませんが、ひとつひとつの事象がパズルのピースみたいにはまってゆき、最後にピタリと完成する爽快感はとてもよく味わえます。なんといっても読後感が良かったです。書評か何かでこの著者のはっきりした倫理観について書かれていたのを読みましたが、このデビュー作でもその健全な倫理観がはっきりと貫かれていて、そのことが変わった登場人物だらけのこの物語を、いやみのない良作に仕立てているような気がします。

バカの壁6月25日読了
養老孟司著新潮新書★★★

かの「世界の中心で、愛を叫ぶ」と並ぶベストセラーを、遅まきながらようやく読みました。解剖学者の著者が、人間の通じあえない、分かり合えない「壁」について語った本です。

読んで初めて知ったのは、この本は著者自らが執筆したのではなくて、著者が語った話を編集部が文章化したものだということです。そのせいか、ときどき話の流れが少しとりとめなく感じました。さすがに学者さんなので話が大きく逸れていくことはないのですが、そのとりとめのなさに物足りなさを感じたのは事実です。また、実際に読むまではもう少しハウツー本みたいなイメージを抱いていたのですが、人間のわかりあえなさを解説(?)した部分がほとんどで、「ではどうすればよいのか」が具体性に欠けた印象があります。

というわけで、部分部分ではなるほどと思ったり「まさにその通りだ」と膝をたたくことも多く、我々が日頃見過ごして(考えないようにして?)いることを改めて考えさせられるのですが、全体としては漠然とした印象しか残らず「まあまあかな」で終わってしまいました。でも、簡単に読める本ですし、我々の社会が根本で抱えている問題についてかなり正確に指摘している(と思う)ので、読む価値はあるとは思います。

ドールの子 グイン・サーガ956月22日読了
栗本薫著ハヤカワ文庫JA

ちょっとはマシだった前巻との落差が……(涙)。もはや★2つもつけられない……。

4TEEN(フォーティーン)6月16日読了
石田衣良著新潮社★★★★

旬の作家、石田衣良の連作集。下町・月島を舞台に、仲良し4人組の14歳の男の子たちの、様々なエピソードを描いた8つのストーリー。まあ要するに、よくある青春小説、いろいろな経験を経て少年は少し大人になりましたって話なんだけれど、そこは達者な人気作家のこと、主人公たちは実に現代的な14歳だし、この混沌とした現代ならではの題材が詰め込まれています。テレビ、ケータイ、不治の病、不倫、拒食症に過食症、家庭内暴力に同性愛……。そういったものが、友情、恋とセックス、大人の世界への興味、将来への不安などの普遍的なテーマを包みこむように描かれています。そしてそれらに対して、いいとか悪いとか簡単な答えを出すようなバカな真似は、この作者はしていません。あくまで主人公たちが直面したエピソードとして、さらりと描いてみせています。そこがこの小説の世界に、我々が素直に共感できる理由なのでしょう。扱うのが複雑な題材を多く扱っているせいか、あえて4人を典型的でわかりやすいキャラクターにしているのも、この小説ではプラスに働いています。とてもすがすがしい読後感が気持ちのいい物語でした。

秘密の京都6月3日読了
入江敦彦著新潮社★★★★

サブタイトルは「京都人だけの散歩術」。京都に生まれ育った著者が、消費を煽り立てるだけのコマーシャリズムに満ちた"京都ブーム"に警鐘を鳴らし、京都人ならではの視点から"京都の散歩術"を教えてくれる本です。観光的に有名か無名かはとりあえず別にして、著者が実際に数知れず散歩した実体験から得た、著者にとっての(そしておそらくは多くの京都人にとっても)"本物の名所"が数多く書かれています。それこそ他のどんなガイドブックにも載っていないような。

「京は歩くべき都市である。」(本文39ページ)と著者は言い切ります。大賛成! よっちたちも過去3回京都へ行きましたが、はっきりした目的地へ急ぐ以外は、とにかく歩いた歩いた。歩き回りました。おかげで自動車なんかに乗っていたら絶対見つけられないようなものを、たくさん京都で見て、"味わう"ことができました。惜しむらくは、ガイドブックにはいわゆる"観光名所"しか載っていないものだから、ピンポイントでお寺とかを見たあとに、さしたる知識も持たずにかなり適当に歩き回っていたということです。いや、それはそれでいろいろと思いがけない発見があって楽しかったので、別に"惜しむ"ことではないか。でもこの本をもっと早く読んでいれば……いやそれでは行く先々に目的ができちゃって「散歩」にはならないか……。よっちは、この本を読んだからといって、次に京都へ行ったときに、この本に書かれている場所をしらみつぶしにたどるようなことはしないと思います。やっぱり無計画にあてもない散策を繰り返す(笑)でしょう、そのほうが楽しいから。でも、この本を読んだことによって、こんな面白いところがその辺りにある、あんな風情のある場所があの辺にある、というようなことを少し知ったので、京都歩きがよりいっそう面白くなることは間違いないな、と思っています。

というわけで、この本、たいへん面白く読んだのですが、たいへんな知識人である著者が実体験をもとに(主観も交えて)書いているものだから、読むほうもある程度の「知識」とものごとを感じとり、実感する「感性」が要求されます。例えば毎日テレビ漬けになっているような人やビジネスの効率ばかり考えている人には、この本を読み終えても、全然ピンと来ないかもしれません。よっちも、もっと「知識」と「感性」を意識しつつ日々の暮らしを送らねば、と読み終えて思いました。それにしても、この間京都へ行ったばかりなのに、そしてこんな本を京都で買ってしまったために、また京都へ行きたくなっちゃいました(笑)。

旅をする木5月13日読了
星野道夫著文春文庫★★★★

1996年、不慮の事故で急逝したネイチャー・フォトグラファー星野道夫のエッセイ集。この人は写真のみならず文筆の方面でも活躍していて、この本も最初の刊行は作者の生前だったようです。よっちが持っている星野氏の写真集は「Alaskan Dream III 愛の物語」一冊だけなのだけれども、野生の動物たちの写真がとても愛らしく、かつ自然の中に生きる厳しさをたたえているので、とても気に入っているのと同時に、この人がどのような精神的なバックボーンのもとに写真を撮り続けていたのか、とても気になっていました。そんなわけで文筆の著作も読みたいと前々から思っていたのです。

とはいっても、ふと手に入れたので軽い気持ちで読み始めたのですが、綴られた文章の行間にひろがる、作者の体験してきたものの大きさ、重さにすぐに気づき、襟を正して読み続けました。書かれていることはすべて、アラスカに暮らす作者のさまざまな出会い、アラスカの壮大な自然への愛と畏怖、厳しい自然の中にあるからこその人生への様々な想い・洞察といったことです。ときにその言葉の重みに、しばしば文字をたどる目を止めて、"言葉の思索"=その言葉の彼方に込められたものについて思いをめぐらせたりしました。それだけの重みを持たせるものを作者は人生の中で見、体験してきたということなのでしょう。

作者のアラスカな自然観・世界観とよっちの日本〜ヨーロッパなものの考え方は必ずしも一致はしないけれども、その人生からにじみ出てきた言葉の数々には、まことによき道しるべとなるものが数多くありました。この本を読んで、改めて写真集を見ると、その写真の一つ一つが、以前とはまた違った表情で語りかけてくるようです。写真と、そして文章とで、我々は「星野道夫」という一人の個人に、いつでも会うことができるのです。彼の言葉、彼の息遣いに。とても素晴らしいことだと思いました。不慮の事故で亡くなったとはいえ、彼の人生が以下に"幸せ"だったのかは、この写真や文章を読めばすぐにわかるのです。池澤夏樹氏の解説もとても素敵だったことを付け加えておきます。

京 逍遥‐井上隆雄光画帖5月1日購入
井上隆雄著淡交社★★★★★

日本写真界の第一人者である著者が、ホテルグランヴィア京都のために撮りおろした、京都の写真集。ここに収められている写真のオリジナルプリントが、このホテルの客室に一枚ずつ飾られているのです。この本も各客室に備えられており、それを見たよっちは一発でこの本にヤラれてしまい(笑)、即購入してしまったのでした。

すべてモノクロ、すべて縦位置(=縦長の画面ということ)で切り取られた"京都"の断片たち。大胆なクローズアップを多用し、時にそのシェイプに、時にその陰影の対比に深く魅入られます。なによりそのスタイリッシュなとらえ方がカッコイイ。よっちが「京都を撮るならこんなふうに撮りたいなあ」と思っていたことが、ずばりこの写真集では表現されているのです。

「ダメ!」と言われてメガヒット4月27日読了
宇都宮滋一著東邦出版★★★

サブタイトルは「名作マンガの知られざる制作現場」。借りて読んだ本です。「タッチ」「あしたのジョー」「北斗の拳」などの大ヒットしたマンガが生み出されたその裏には、漫画家・原作者はもちろん、編集者やその他のさまざまな人たちの力が集まって作られています。そのいきさつや制作のドラマを、夕刊紙の記者である著者が、作者自身や多くの関係者への取材をもとに書いたルポルタージュです。労作といえるでしょう。

よっち自身もかつてマンガ誌の編集者だったので(ただし少女・女性向けだったが)、その頃はこの本に書かれていたようなことを、日常的に仕事としておこなっていました。つまり、大ヒットしたマンガでも全然受けなかったマンガでも、制作過程や、その裏に積み上げられる苦労や熱意は同じだったりするのです。実際当たるか当たらないかの差は非常に小さい(結果は非常に大きい)。そのことを十分承知しているので、軽い気持ちで読み流しました(笑)。まあ、マンガが好きで、どのようにしてマンガが作られているのかを知りたい人にとっては、興味深く読める本ではないでしょうか。

永遠への飛翔 グイン・サーガ944月20日読了
栗本薫著ハヤカワ文庫JA★★

パロのうっとおしい人々が出ずに、主人公グインのみの、物語の核心に触れる(?)展開だったので、最近の数十巻のなかではややマシに感じた一冊でした。

パンチとジュディ4月14日読了
カーター・ディクスン著、白須清美訳ハヤカワ・ミステリ文庫★★★★★

ここのところカー作品の復刊や新訳での新刊がラッシュで、ファンとしては嬉しい限りです。さっそく新訳で刊行されたこの本を読みました。とても楽しく読めた一冊です。カー作品を読むのは昨年の「読者よ欺かるるなかれ」以来です。たくさん買っておいてはあるのですが(笑)。

結婚式を翌日に控えた元情報部員ケンウッド・ブレイクが、元上司で名探偵のH・M(ヘンリー・メリヴェール)卿から呼び出され、元ドイツ・スパイの家に忍び込むよう命じられたことから、とんでもない騒動に巻き込まれます。警察からは追われるは(警察もからんだ任務なのに)死体を発見してしまうは、無我夢中で事態を乗り切るケンの冒険がさらに騒動を招き、ケンの婚約者イヴリンも巻き込んで訳のわからない事態に発展。最後にH・M卿が鮮やかに事件を解決するまで、いったいどんな事件なのかさえわからない始末。最初から最後まで読者を煙に巻きっぱなしの、"怪作"と呼ぶにふさわしい作品です。

前半から中盤の、あの手この手で窮地を脱しようとするケンとイヴリンの冒険行は、読んでてとにかく楽しかったです。派手な展開の連続で読み手を引っ張ってゆく、というのはカーの得意技のひとつのようで、(この作品は前期のものだけれど)特に後期の作品ではドラマティックな展開の話が多くなってきて、どれも読み物として非常に楽しいものばかりです。相変らず豪快なH・M卿も健在で、登場するだけでユーモラスな雰囲気を醸しだしてくれます(笑)。

惜しむらくはカバーの装丁で、いや、これ単体ではけっこう好きなのですが、今までハヤカワ・創元(創元推理文庫)ともに、カー作品は山田維史氏のイラストで統一してきたようなので、その統一が崩れてしまったのがちょっと残念に思ったのです。いずれにせよ、とても楽しく読めた一冊でした。

慟哭4月5日読了
貫井徳郎著創元推理文庫★★

「クライマーズ・ハイ」が面白かったので、現代ものの小説を読んで見たいと思い、書店でいつも平積みになっているのがずっと気になっていたこの本を、ようやく買って読んでみました。オビの北村薫氏による惹句には「読み終えてみれば《仰天》」、なんでも驚愕の真相が待ち構えるミステリだそうですが……。

正直、期待したほどでもありませんでした。続発する幼女誘拐事件と、新興宗教にのめりこんでゆく男の物語とが平行して進んでゆくのですが、その陰鬱とした雰囲気にかなり閉口しました。さらに半分ほど読んだところで真相に気づいてしまったのでした! 最近、似た傾向の小説を読んだせいかもしれませんが、「もしや……」と思ったのがやっぱりそのとおりだったので、正直ちょっとがっかり。加えて、読後感が非常に悪かった。ひたすら重苦しい気分のまま読み終わったという感じです。達者な書き手だと思うし、世間の評価はとても高いようですが、期待しすぎたせいかよっち個人としてはそれほどでもありませんでした。うーん、残念。カバーのデザインはすごく好きなのですが。

豆腐小僧双六道中 ふりだし3月25日読了
京極夏彦著講談社★★★★★

時は江戸末期、ふと湧いて出た妖怪・豆腐小僧がゆく先々で出会う妖怪たちとともにくり広げる、珍奇な騒動。自他共に認める大の妖怪好きである著者が、コメディー味たっぷりに描き出す妖怪物語です。これまで読んできたこの著者の作品はどれも非常にシリアスなものばかりだったので、初めて読むコメディー系の作品でしたが、これがとても面白い。わざと講談や戯作をなぞらえた軽妙な語り口もさることながら、やはり豊富な知識に裏打ちされた、豆腐小僧をはじめとする妖怪たちの造形がとても面白いのです。

今までの妖怪ものというと、もう少し単純にキャラクターとして扱われていたりしたものが多いと思っていたのですが、ここに出てくる妖怪たちは、なんというか、非常に"現代的"なのです。彼らは皆、自分たちが人間たちのさまざまな妄念が生み出したものだということをわきまえていて、人間が思い描いたり感じたりしないと出てこない。その上妖怪の成立過程・来歴や概念まで論じてしまうのだから、本当に現代的です。"近代的自我を持ってしまった妖怪たち"とでも申しましょうか。これも現在まで営々と積み重ねられてきた妖怪研究の成果(?)でしょうか。豆腐小僧たちのどたばたぶりを面白く読みながら、読者は、ふだんあまり考えることのない妖怪の成り立ちについて、自然と考えさせられるような仕組みになっているようです。そうして妖怪のことに徹底してこだわっているかと思えば、人間の本質についてずばりと突いてくるような鋭く含蓄に満ちたフレーズも出てきたりして、気を緩められません(笑)。とどのつまりは、妖怪は人間の本質と深く関わっている、ということなのでしょう。そうはいっても、もちろん肩がこらずに楽しく読める本なのです。

装丁もたいへん凝っています。かなり特殊な判型でしかも横長という、小説にしてはあまりお目にかからない本の形です。江戸時代の巻物や黄表紙本を意識したのでしょうか。その雰囲気を盛り上げるかのように、カバーや見返しには絵巻物風の妖怪イラストが本を飾っています。装丁=本を手にしたときから妖怪草子の世界へいざなおうという、著者の仕掛けのたまものでしょう。

デザインのデザイン2月27日読了
原研哉著岩波書店★★★★★

とても素晴らしい一冊でした。年末からここのところ、何冊も素晴らしい本に出会っているのが、とても嬉しいです。

最近では無印良品のコンセプトデザインや銀座松屋の改装プロジェクト(いわゆる"白い松屋")など、第一線で活躍するグラフィックデザイナーである著者が、自身の仕事のいくつかを振り返りながら、現代の日本のデザインの潮流や役割についての考えを述べています。デザインというものが、現代の生活を形づくる中でいかに大きい役割を果たしているか、そしてその位置づけがさらに変わっていくことが、自身や同世代のデザインの実作業を通じて語られるので、大変に説得力があります。そしてその文章の端々から伝わってくる「作る喜び」への想い。よっちはもちろんデザインへの興味からこの本を手にしたのですが、デザイン以外の普遍的な世界でも耳を傾けるべき、とても考えさせられる言葉が次々と出てきて、いろんな人にぜひ読んでもらいたい一冊です。わが意を得たりと、思わず膝をたたいてしまうフレーズにもしばしば出会いました。

しかしこの本を読むと、ふだん何気なく接しているいろいろな場面、いろいろな形の"デザイン"が、いかに確固たるコンセプトや狙いや"想い"のもとに作り出され、辛抱強く徹底的な議論や検証や手直しののちに出来上がっているかを思い知らされます。つまりたくさんの人の努力と知恵の結晶が、今我々が触れているデザインとなってそこにあるのだ、ということの尋常さと尋常でなさ。またゆっくりと読み返してみようと思います。最後に、とてもシンプルであるがゆえに飽きのこない、ずっと手にしていたくなるような装丁(もちろん著者自身による)が素晴らしいことも付け加えておきます。

熱砂の放浪者 グイン・サーガ932月18日読了
栗本薫著ハヤカワ文庫JA★★

自分の仕事をつくる2月4日読了
西村佳哲著晶文社★★★

何か参考になればと思って、読んでみた本。「働き方研究家」と名乗る著者が、さまざまな「自分の仕事」をしている人たちにインタビューをし、それをもとに"仕事"に対する自論を展開している、という感じの本です。やや押し付けがましい雰囲気を感じてしまったが、この利益至上の世の中において、もっと「自分のための」仕事をしていこうよという著者の主張の大切さは、ひしひしと感じました。ただ、ここに取り上げられている人々の多くが、リスクも高いけど自由度の高いデザイン関係の仕事をしている人たちなので、本当にすべての職種の人にとって、ここで書かれているような「自分の仕事」の実践が可能なのかどうかは、ちょっと疑問に感じられずにいませんでした。自分の仕事について、将来について思い悩む人には、この本はちょっとした水先案内になるかもしれません。

クライマーズ・ハイ1月27日読了
横山秀夫著文藝春秋★×10

借りて読んだ本だけど、軽い気持ちで読み始めたときは、よもやここまで面白いとはまったく想像つきませんでした。ものすごく面白い。「陰摩羅鬼の瑕」以来久々に、物語にどっぷりハマって、読み終わるまで気になって気になって手放せない本でした。ずっしりと手ごたえのある、素晴らしい人間ドラマ。何度も熱くこみ上げてくるものを感じて、思わず本を閉じてしまいました。早くも今年のベスト1かもしれません。

死んだ同僚の息子と一緒に、谷川岳の"衝立岩"に挑む地方新聞の記者・悠木が、17年前に起こった、かの日航機墜落事故に全権デスクとして挑んだ日々を回想する。現場に放った記者たちから次々と舞い込む情報。スクープへの挑戦。社内の確執、苦渋の選択・決断。事故に関わったさまざまな人間たちの、さまざまなドラマ。その編集現場の怒涛のごとき描写が、元編集者であるよっちのツボを刺激したってのもあるけど、まがりなりにも"編集"という仕事に一度でも携わった人なら誰でも、この長編小説のすさまじいまでの臨場感に何か熱いものを感じるはずです。感じない編集者がいたら、そいつは"ニセモノ"だと断言していいくらいです。

新聞記者ものというと、たいてい現場記者が縦横無尽に駆け回って事件を追いかける話だったりするのですが、この物語のすごいところは、主人公がデスクなので、メインの物語(17年前の部分)の舞台がほとんど新聞社内か、その周辺であることなのです。現場の状況もスクープへの喰らいつきも、すべて悠木の部下の現場記者たちからの報告(ほとんどが電話)や記事でもたらされるのです。新聞紙面をどう組み立てるか戦略を立て、電話で部下に指示を飛ばし、報告を聞き記事に赤ペンを入れ、社内の派閥争いや軋轢に翻弄される。会社で机を守っている人たちにもこれだけのドラマがあるんだ、そのことがまた我々の胸を熱くさせるのです。作者も地方新聞の記者だったようで、その経験がこれだけの臨場感を生み出せたのでしょう。実はこの作者の小説を読むのはこれが初めてでした。かの「半落ち」を始め、他のも読んでみようと思うのでした。

それからもうひとつ、この小説はミステリではありません。出版社の紹介文にも帯のアオリ文句にも「ミステリ」という言葉を使っていないのは、「永遠の仔」なんかと違って、とても良いことだと思いました。いくら「半落ち」の作者が書いたからといって、ミステリでないものをミステリと呼ぶことはできません。素晴らしい小説を書くのに、ミステリでなければならない必要はないのです。何の間違いか「このミス」にはベスト10入りしていましたが……。ミステリを標榜せずに素晴らしい物語を作り出した作者と出版社に拍手を送りたいです。

アヒルと鴨のコインロッカー1月16日読了
伊坂幸太郎著東京創元社ミステリ・フロンティア★★★★

爽やか(?)な読後感のミステリ長編。日常の中の奇妙な出来事から始まる小さな物語が、不思議な"謎"を生み出してゆく、正しくミステリと呼ぶに値する作品です。残念なことに、ミステリを標榜しているくせにミステリと呼ぶに値しない小説に出会います。例えば、かの「永遠の仔」を読んだときは、確かに児童虐待をテーマにした人間ドラマとしては良いが、ミステリとしては大変にアンフェアでお粗末な小説だと感じました。しかも堂々とミステリ小説として売り出されていたうえに「このミス」とかで1位になったりさえして、絶対これはおかしい、この小説はミステリとして書かれる必要は何もないじゃないか、本を売りたいがために無理やりミステリ仕立てにしたんじゃないか、これじゃあミステリと呼ぶに値しない、と非常に憤慨したものです。それに比べると、物語のスケールはとても小さいかもしれませんが(人間のドラマにスケールの大小はないと思いますが)、この小説はとても上質のミステリでした。ひとつの謎が解けることによって物語の全体像がみごとに明らかになり、爽快なまでの結末に読者を導いてくれます。

たぶん仙台だと思われる地方都市を舞台に、書店を襲うハメになってしまう現在の「僕」の物語と、ペット殺しと遭遇してしまう2年前の「私」の物語が、対称形を成しながら交互に語られ、二つの物語がたったひとつの"謎"の解明によって見事に交差します。その瞬間の鮮やかさは「見事」の一語に尽きます。また、両方の物語に登場する個性的な人物たちもとても印象的でした。

常用字解1月5日購入
白川静著平凡社★★★★★

「字統」「字通」などを著し、日本の漢字研究の権威である著者が、常用漢字を対象に、一つ一つの文字の成り立ちを解説した字典。中高生にもわかるようにと平易な文章で書かれていますが、よっちのような好事家にはとても面白い本です。一般の漢和辞典とは違い、文字の解釈・文字の成り立ちを解説することが中心になっていて、「字」そのものの面白さに触れることができる本です。

とにかく「へえー」と感心するようなことばかりで、例えば、「亜」という字はもとは「王や貴族を埋葬した地下の墓室の平面形」だったり、「王」という字は「大きな鉞(まさかり)の頭部の形」で「王位を示す儀礼用の道具として」玉座の前に置かれたことから始まった、なんてことを知ることができます。それぞれの文字に、古代中国の甲骨文字や金文文字の字形が載っていて、文字の成り立ちを目で確かめることができるのも興味深い。よっちは毎日、適当にページを開いて、気に入った文字の項目を少しずつ読んでいます。当分の間、漢字の世界で楽しめそうです。

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